06.10.23 MM第151号

   私の出合った日本百名山 by masarus
       
                         

富士山(ふじさん)U 3776m  (静岡県・山梨県)
 

    
  この山の私の印象                                  

「 やはり10月上旬の山頂は厳冬期の冬山だった 富士山 」

【歩いた日】     2006年10月8日(日)

【天候】       快晴

【コース及び時間】 

 富士宮新五合目発6:00−6:50六合五勺小屋7:00−7:27元祖七合小屋7:32−7:57八合小屋8:05

−8:27九合目万年雪山荘8:36−9:25富士宮浅間大社奧宮9:40−9:52富士山山頂〈3776m〉


       【  登り(富士宮口から) 3時間5分    】


*コースタイムは休憩や写真撮影などを含む私が実際にかかった時間です。
 その時の体調や天候によって大きく変わってきます。あくまでも参考タイムです。

  
【感想 等】
 
 私のメルマガの「masarusのコーナー」ではよく富士山を取り上げる。何回か書いたように私は富士山が好きだからだ。
読者のみなさんの中にも好きな方は多いだろう。

 私は毎日、富士山が見えるか職場などで富士山がある方向を眺めている。
そして、いつか、四季の富士山頂に登頂しようと思っている。
そんなわけで、今回8度目は10月の富士に挑戦した。
前回は7回目の富士山に9月に登っている。

 よく「富士に一度も登らぬバカ、二度登るバカ」なんていうのを聞いたことがあるが、私は8度目だ。全く大バカだ。
しかし、もっと大バカはいるもので埼玉の大貫さんは509回、沼津の実川さんは300回、神奈川の佐々木さんは232回だという。(朝日新聞静岡版06.10.17)
すごいの一言だ。
これまでに100回以上登った人も多いだろう。

 私の山行きはだいたい一ヶ月に1回だ。仕事の合間に、健康作りストレス解消が主で登っている。
登りたい山は数えるほどあり、富士山は今のところ登っても1年に1回だ。
無理をせず、マイペースで山歩きを続けていきたい。
 
 私が富士山に登ったのは今年の10月8日(日)。
今年の体育の日を入れた3連休は天気は良かったが全国的に荒れた日々だった。
台風崩れの低気圧が発達し海山で遭難や船の転覆が相次ぎ17人が死に31人が行方不明だった。
富士山でも、まさにその一歩手前だった。写真を見るときれいで快適そうだが・・・・

 前にも書いたが、初めの6回はナイター登山で友人達と流れ星とご来光を楽しんだ。
それも大変楽しかったが、睡眠不足で気圧の影響もあり頭痛がした。
前回からはもっと楽しく登るために睡眠を十分とり、体調十分な朝から登っている。
今回も前日に登山口に着いた。その日の昼のラジオで富士山初冠雪を報じていた。

 私はその放送を聞いてから、昼過ぎ車で富士宮の登山口に向かった。
途中、山頂にかかっていたガスが退いたので西臼塚に寄ってじっくり観察した(下の写真)。
紅葉の行楽シーズンで車が思ったより止まっていた。
下から見る富士は五・六合目辺りが紅葉していた。

 富士宮口新5合目に午後5時頃着いたが、上の駐車場は一杯でびっくりした。
日本一の高さの富士山人気に驚いた。ちょうど、5合目辺りまで紅葉が下りてきていた。
天気は晴れで気温はそれほど低くはないが、風が強く薄い長袖では少し寒かった。
雲が多く、ここ新五合目と同じくらいの標高である2400mくらいに薄く広がっているのが棒状に見えた。
遠く、御前崎や伊豆半島の石廊崎は晴れていて黄色に染まっていく様子が見えた。
その内に新五合目の木々も夕日を浴び赤く染まってきた。

 車は夜中中ひっきりなしに出入りを繰り返していた。
午後8時頃にはパトカーがやってきて様子をうかがっていた。
10月のこの時期もナイター登山をする人がいて驚いた。
明け方、何人も登っていった。しかも、ズック靴に小さいナップサックという軽装の人もいる。
上へ上へ歩いていけばよいという一本道であるが、もし道を間違えたり寒さを防げなかったら命を落としことも覚悟しなくてはならない。9月1日からは山小屋もトイレも閉まっているのだ。彼らはそのことを知っているのだろうか。

 午前6時、2400mの新五合目を出発した。
全く雲のない、気持ちの良いすっきりとした快晴だ。
あまりの快晴に、空も赤くならないで明るくなってしまった。
登山者は私の前にも後にも何人もいる。
この時期にも多くの登山者がいることに驚いた。

 足元を見ると赤黒い火山灰の土は霜柱ができていた。
風もあり、冷たさに慣れないせいか耳が痛い。
前夜は放射冷却で冷え込んでいたからか。
六合目の雲海荘・宝永山荘まで来ると展望がよりひらけてきた。
朝の淡い光りに富士市の製紙工場の煙突からの煙がたなびいている。
そして伊豆半島が前日よりももっとはっきり見える。もちろん、静岡市・焼津市・御前崎もはっきり見える。

 六合目には下の写真のように「残雪が多いため通行止め」と書いてある。
外国人も多いので英語でも書いてある。他の所にも英語や韓国語などの標識が増えた。
写真のこの標示は9月1日からある。昨年の9月登山の時も見た。
私を含め、多くの登山者がこの横をすり抜けて登っていく。
小屋の周りはまさに紅葉で、そこから山を一見した感じは子どもでも登れそうな感じだ。

 六合五勺小屋辺りになると、風が強くなった。富士山頂からの吹き下ろしの風だ。
ちょうど、山頂が北西の方向にあたる。山頂の雪の世界の冷たさを連れて冬の北風が吹いてくるのだ。
体が押し戻される感じで重い。向かい風の登りだから。
まるで10kg余分に荷物を背負っている感じだ。
時々吹く強めの風に舞いあげられた火山灰の砂が顔に当たり痛い。

 六合五勺小屋では景色を見ながら10分ほど休んだ。
今まで30年山歩きをしているが、これほど遠くまではっきり見えたことはない。
伊豆半島の先端、石廊崎がすぐ近くに見える。三浦半島もしかりである。
西の方に目をやれば、日本平、静岡市、焼津アルプス、御前崎と手に取るように見える。(下の写真)
きっと、今日はどこからでも最高の富士山が見えているだろうと、思った。
7時、景色を見ながらも出発した。

 高度を上げていくが、風向きと強さは変わらない。
帽子(英語でcap)が4つも登山道脇に落ちていた。
この強風ではすぐ飛ばされてしまうので私もかぶることはできないでいた。
この真っ青い快晴の中に帽子をかぶらずにいるとどうなるかの経験値は台湾の南湖大山で獲得したにもかかわらず・・・。

 あの時は歩いていた時間も長かったので2日後に日に焼けた頭の皮がむけた。
今回は6日後に顔と頭の皮がむける羽目になってしまった。(ますます・・・・)
日焼けについては女性は特に気を付けた方がよい。
 
 八合小屋近くなるともっと風が強くなり体が飛びそうだ。
写真のようなつららも水分の多い岩から伸びていた。小屋には8時頃着いた。
下の写真のように何人も休んでいた。
隣のズック靴で軽装の人と話をしたら、友人が1週間前に登って良かったと言ったので初めて来た、との事であった。
また、六合目から初めてご来光を見て感動した、とも言っていた。
彼に山の天気の変わり易いこと、2日前に雪が降って山頂付近はもっと寒いことを話す。
彼はもう充分楽しんだので登れるところまで登って山頂が無理なら引き返すと言っていた。

 伊豆半島に目をやると、なんと島々が見えるではないか。
大島は近いから見えるとして、利島、三宅島、御蔵島、新島、式根島、神津島の伊豆七島が見える。
ちょうど、伊豆半島方向に太陽があり逆光で島の周りの海が光り見やすい。
彼にも見えたこれらの風景のすばらしさを話しお裾分けし、出発することにした。

 八合目過ぎから登山道脇のロープに氷が着いていた。昨日は上部にガスがかかっていたのでその水分が付着したのだろうか。
ありがたいことにジグザグの登山道の半分は向かい風ではなくなった。向かい風がないとこんなに歩きやすいのかと、改めて思う。

 九合目を過ぎ、木の鳥居をくぐる。山頂付近が白くなっているのがよりはっきり見えてきた。
9時少し前、九合五勺に着いた。
ここからが最後の急登だ。

 登山道にも雪が見え始め、足を踏み下ろしたとき靴のグリップが効かなくなった。
登山道脇にはロープの手すりがあるのでそれにつかまればアイゼンはいらない。
あと少しで富士宮奧宮だからだ。

 9時25分、富士宮奧宮に到着した。
ますます風は強く、まっすぐに立っていることができなかった。
正にそこは下の写真のように厳冬期の冬山の様相だった。
(もちろん、冬の富士山頂はもっとすごいことは簡単に想像がつく)
奧宮の風の来ないところを探し、避難する。
そして防寒服を取り出し着た。
今回も忘れ物あり。目出し帽と冬用の手袋を忘れてしまった。
知識として風が強いこと、寒いことはわかっていても、まあ大丈夫かという気持ちが働いてしまった。

 かつて、正月に八ヶ岳主峰の赤岳に登ったときの風景を思い出した。
強風によるエビのしっぽが地面にもできていた。
デジタルカメラを取り出し、3枚撮るとバッテリーが切れてしまった。
仕方がないのでもう1台を取り出し、2枚写す。こちらもすぐにバッテリー切れ。
デジタルカメラの低温に弱いのが身をもってわかった。

 奧宮の風が来ない所で丸くなり、食料を取り出し食べたり、風景を眺めたりした。
15分ほど経ってから、剣ガ峰の山頂に向かって出発した。
多くの登山者が、ここ奧宮を自分の中の富士山頂とし満足し帰っていったが・・・。

 下の写真のように奧宮の裏の水たまりが氷り、すぐそばに剣ガ峰が佇んでいた。
私はキャタビラの跡に沿って、体を風向きに倒し滑らないように慎重に歩いていく。
風は右手から左に真横から吹き付けていた。

 5分ほどで、剣ガ峰の付け根に出た。
そこはくびれていて風の通り道になっていた。
強風で飛ばされそうだ。
その場でじっと風が弱まるのを待って、剣ガ峰への最後の登りを1歩1歩進んだ。

 そして何とか富士山測候所の入口近くまで来た。
そこは今まで以上の風の強さであった。
なかばあきらめかけたが、5分ほど待つと少し風が弱まったのでそのすきに3776mの山頂に到達した。

 10時少し前であった。
向かい風の強風の中であったが、体調も良く正味3時間少しで登頂した。
2004年の前回の3時間9分は休息を完全に含めての時間であるが、それとほぼ同じくらいのコースタイムであった。

 山頂には来る人はいないと思っていたが、1人御殿場口から登りお鉢巡りをしてやってきた。
強風にあおられた彼は、お鉢巡りはやめた方がいいと言った。
私もここまでの強風を身をもって感じたので、予定を変更する決心はできていた。

 山頂で唯一作動するポジフィルムが入った一眼レフで記念撮影をする。
彼のデジタルカメラもやはり全く動かなかった。
ポケットでしっかり温めて写すと良いことを話し彼と別れた。(MM第152号へ続く)
 
前日、西臼塚からの初冠雪富士山 6合目小屋から先には通行止めの標識
西の方には青い海・空と御前崎の大展望 つららが伸びていた
八合目小屋には休憩する登山者が 伊豆七島までもが見える
富士宮浅間神社奧宮は銀世界だった すぐ近くに剣ガ峰はあるのだが・・

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