07.10.29 MM第192号
【歩いた日】 2007年9月23日(日) 【天候】 曇りのち雨 【コース及び時間】 三ノ瀬(山梨県甲州市)6:02発−6:29七ツ石分岐−(七ツ石尾根)−7:24牛王院平7:30− 7:34山ノ神土−8:40西仙波−8:45東仙波−9:00焼小屋ノ頭9:05−9:45川又分岐−9:57 二ノ瀬分岐−10:13和名倉山(白石山)〈2036m〉10:24−10:35二ノ瀬分岐−10:42川又分岐 10:47−11:20焼小屋ノ頭11:35−11:46東仙波−12:15リンノ峰下12:30−12:58山ノ神土 13:03−13:07牛王院平−13:13将監峠−13:23将監小屋分岐−14:05七ツ石分岐−14:25 三ノ瀬(みはらしP) 【 登り 4時間 下り 3時間21分 計7時間21分 】 *コースタイムは休憩や写真撮影などを含む私が実際にかかった時間です。 その時の体調や天候によって大きく変わってきます。あくまでも参考タイムです。 【温泉】 塩山温泉 宏池荘 400円 |
【感想 等】 9月下旬の3連休を使って日本200名山3座にトライしようと出かけた。 3座の縦走ではなく山梨県の西、北東、東と移動しながらの登山だ。 その第2日目は和名倉山〈白石山〉(2036m)である。 塩山市からR411を上って柳沢峠を下り、一ノ瀬高原を通り三ノ瀬の「民宿みはらし」に着いた。 ここからこの山に登る場合、車を止めるのはこの民宿の駐車場しかない。 細い道で周りの風景に気を取られていたので登山口がどこにあるかわからなかった。 アルペンガイドには「慣れたタクシーの運転手なら三ノ瀬上端の登山口で降ろしてくれる」と書いてあった。 「上端」か、民宿前の舗装道はまだ上っていた。少し歩いてみると民宿みはらしの看板が出ていた。 そこには「登山者のみなさん、お帰りなさい。」のようなことが書いてあった。 じゃあ、この上に登山口があるのか、ともう少し上ってみる。ない、どこまで行っても登山口がない。 もう一度、民宿みはらしまで戻りガイドを見る。先ほどの文の続きに「指導標にしたがい沢に沿って登っていく」とある。 「沢」。沢は民宿みはらしのすぐ下のカーブの所にあった。 行ってみると下の写真ような標識があった。 「上端」の言葉にとらわれすぎ、下を見なかった。 6時過ぎ、みはらしをもう一度覗いたが不在のようだったので黙って車を置いて出発する。 将監小屋へ軽トラで荷を運ぶためにも使われるやや広い傾斜の緩やかな沢沿いの山道を登っていく。 両側にはたくさんの木々が茂っている。 30分弱歩くと「牛王院下」だ。ここから七ツ石尾根を登っていくと将監峠を通らずに牛王院平に出る。 両側の笹を刈ってくれてあり巾2mほどで歩きやすい。 登っていくとかなり大きな木もあった。 やがて山道はもっとなだらかになり木々に囲まれた牛王院平に着いた。 少し休んでから平坦な道を進む。山の頂付近にガスが出てきた。 5分弱で「山ノ神土」に着いた。 標識に沿って右折すれば和名倉山〈白石山〉だ。(直進は唐松尾山、笠取山方面である) 県境になっている直進方向は巾2mくらいに笹がきれいに刈ってあるが、和名倉山〈白石山〉方面は伸び放題である。 その笹には露がたくさん付いている。 歩くたびにそれがズボンに付く。 靴はゴアテックス製なのでそのまま濡れることはないが、露払いが長く続くとズボンからたれて靴の中が湿ってくるであろう。 ガスはますます深くなってきた。 道は尾根なので晴れていれば展望があるはずだ。 山ノ神土から1時間近く歩くとシャクナゲが両側に茂っている。 花の時期に来れば素敵だろうと思いつつ、上半身で露払いをして進む。 8時40分、標高1983mの「西仙波」に着いた。 ここには標識がなかった。 そこから5分で2003mの「東仙波」だった。そこには白い金属板の表示があった。 9時、焼小屋ノ頭に着いた。 地名の意味はわからないが、焼けた木の根が至る所にありそれが続いている。 山火事の跡の感じだ(写真)。 下の草は黄色に染まり始めていた。 しかし火事は何年も前のことのようで周りの木々も大きくなってきている。 数年前、焼津アルプスでも放火事件があり、木々が少し焦げたがそれらの木々は枯れてしまった。 木は火の熱さに本当に弱いのかもしれない、とその時思った。 しばらく行くと、樹木伐採の残骸だろうかワイヤーが散乱している(写真)。 直径2cmほどのワイヤーだ。 長い距離に渡って写真のように散乱しているので足にも絡んだりする。 私も2回ほど転びそうになった。 合計の鉄の量は何百kgはあるだろう。 なぜ放置されているのだろうか。 危険であるし環境にもマイナスである。 また、鉄くずとしても価値がありそうだ。 下に降ろす手間と金銭との兼ね合いなのだろうか。 全く残念である。 川又への分岐を過ぎ、二ノ瀬への分岐を10時近くに通過した。 小雨が降ってきている。私はまだ雨具は付けていない。 標識に従って右方向に10分余行くと2036mの和名倉山〈白石山〉に着いた。 和名倉山〈白石山〉山頂は樹木の中にあった。 なぜ、和名倉山と白石山の2つの名前があるのだろうか。 本によると山梨側では白石山で埼玉側では和名倉山だという。 他の地域でも見えるところによって呼ばれ方の違う山は多数あると思う。 しかし公式の表示は1つにしているところが多い。 1つにした方が紛らわしくなくてよい。 残念ながらの小雨なので10分余で山頂を去ることにした。 帰路は同じ道を戻っていく。 たいしたアップダウンのない尾根歩きなので晴れていれば静かな快適な山歩きになっていただろう。 11時半前、焼小屋ノ頭で雨が強くなってきた。 雨がやむか展望が開けたらゆっくり昼食にしようと思っていた。 しかたないので合羽を着た。そして昼食を半分食べた。 やや合羽を着るタイミングが遅くなり靴の中はだいぶ湿ってきている。 残念だが、雨はやみそうにない。 それでリンノ峰の巻き道の木々の下で残りの昼食を食べた。 その後も順調に歩き13時過ぎには牛王院平に着いた。 ここからは将監峠に向かった。 将監峠がどんなところか見ておきたいと思ったのだ。 6分で将監峠に着いた。 きれいな草原になっていた。晴れていれば気持ちよさそうだ。 将監小屋へのルートがあるかと思ったが、三ノ瀬への下りから小屋への道が付けられていた。 ここまで来れば、あとは軽トラックも通る巾が広い緩やかな道だ。 しかし、その道は先日の台風の影響で20カ所近く亀裂が入ったり崩落したりしていた。 台風の恐ろしさを見せつけられた気がした。 14時半前、民宿みはらしに着いた。 渓流釣りの2人組と登山者2人が民宿の山の幸がたっぷりの昼食を食べていた。 自動車の駐車料金を払おうとするとお茶とブドウを出してくれてた。 お言葉に甘え、ブドウをいただきながら30分ほど山の生活を伺うことができた。 山の暮らしがわかる有意義な時間になった。 帰りは塩山駅近くの塩山温泉「宏池荘」で汗を流した。 電車で来た登山者が多数入浴していた。 大菩薩や乾徳山の話に花が咲いていた。 2日目を無事に終えた私は3つ目の目的地「御正体山」に向かって出発した。 |
民宿「みはらし」近くの沢沿いに登山口があった | 山ノ神土から右折するが笹が伸び露払いが・・ |
「焼小屋ノ頭」は焼けた木の根が・・・ | 樹木伐採の残骸だろうかワイヤーが散乱 |
和名倉山〈白石山〉(2036m)山頂。 | 9月下旬、2000mでは紅葉が始まっていた |