2008.04.28 MM第213号
*下に感想等の文があります。
【歩いた日】 2007年12月24日(月) 【天候】 晴れ 【コース及び時間】 高松港8:02=(フェリー)=9:02小豆島土庄港9:11=(バス)=9:17渕崎−9:23行者堂9:28−やぶこぎ−10:26 分岐10:30−見晴台−10:55皇踏山〈394m〉11:02−北回り−11:11北山分岐−11:20野外活動センター広場 11:31車道 【 登り(渕崎から) 1時間29分 下り(野外活動センター下の車道まで) 29分 合計 1時間58分 】 *コースタイムは休憩や写真撮影などを含む私が実際にかかった時間です。 その時の体調や天候によって大きく変わってきます。あくまでも参考タイムにしてください。 |
渕崎から見た「皇踏山」、簡単に登れそうだ 50mほど登ると長い二重の金網が行く手を塞いだ 中腹からの渕崎と池田湾の眺め やっと整備された登山道に合流した 皇踏山の山頂は瀬戸内海を航海する船を監視するにはぴったりの山だ 中世からの山の活用を示す看板
【感想 等】 12月に四国の高松に行った時の第2弾である。第1弾では前日に、琴平山[象頭山]・大麻山と飯野山[讃岐富士]に登ったことをすでに書いた。 あと天皇誕生日の代休1日があり、どこに行こうかいろいろ調べた。 JR等公共機関を利用すると交通の便がよくなく二百名山等は無理であった。 石鎚山(日本百名山)に登ったときには細い道を走りパンクして大変苦労したことが昨日のことのように脳裏に焼き付いている。そのためレンタカーを借りる気にならなかった。 そこで、どこに行こうか地図や旅行ガイドを見ていたら小豆島までフェリーで1時間と書いてあった。ようし小豆島に行こうと決めた。 また同じ頃、山歩きのいろいろな楽しみ方を考えていた。 すなわり、メルマガ211号のmasarus のコーナーで紹介した「山歩きのレベル別歩き方」である。 山歩きをレベル別にわける方法はたくさんあるだろう。 例えば、難易度で分けるとか、日帰り・小屋泊まり・テント泊とか、・・・。雪があるとか、岩が多いとかでも違ってくるだろう。 いろいろな分け方があるだろうが、私はこんな分け方を考えてみた。 レベル1 友人やツアーに連れられて山を歩く(受け身) レベル2 ガイドブックの通りのコースで山を歩く(主体的に、以下同様) レベル3 いくつかのコースを組み合わせて山を歩く レベル4 地形図に出ている山道をガイドブック等は使わずに山を歩く レベル5 地形図にも出ていない山道を地図とコンパスをたよりに歩く 小豆島の地形図を見ると山名の書いてある山に登るための山道(徒歩道)を表す点線はほとんど書いてない。 それで、これはしめた!とばかり「レベル5」に挑戦することにした。 いくら地図に出ていない山道でも知っている山や土地ではつまらない。 やはり全く知らない土地でなければ・・・。 と言っても、崖や木が生い茂り素人では手に負えない山では私には無理だ。 それで、バスの便がよいところにあった「皇踏山」をインターネットで検索してみたら簡単な登山記録が出てきた。 いくつかの登山ルートがあることがわかり、この山に挑戦することに決めた(今回の渕崎の具体的なコースは載っていなかった)。 朝早起きをして、高松港に向かった。7時半に着いた。 驚いたことに、それほど大きくない小豆島には7つのフェリーが発着する港がある。 高松からはその5つの港に到着する。 一番多いのが西にある土庄港で、私が港に着いた時刻も土庄港行きのフェリーにちょうど乗ることができた。 60分で土庄港に着き、バスの時刻を見ると皇踏山のすぐ近くを通るバスがちょうど見つかった。 バスの運転手に聞くと登ったことはないが渕崎から登ることができると思う、と言う。 よかった、とばかりバスから降りた9時17分、山の頂に向かって歩き始めた。 天気も良く、山はすぐそこに見えた(写真)。 山の裾野に向かって歩いていくと、行者堂があった。 お堂を見たり周りを見たりしながら休憩をし、踏み跡を伝わってもっと山すそに入っていった。 そこには「1−48」と石に赤ペンキで書かれていた。 何の記号か考えながら進んでいった。 なんとその上には高さ2.5mくらいの立派な鉄網のフェンスが2重にどこまでも続いていた(写真)。 麓からも見えたはずだが、早く登りたいというはやる気持ちが強すぎたのか気づかなかった。 もちろん、地形図にも書かれていない、新しいフェンスである。 丈夫だしフェンスを越えることは簡単だが、その上に登れる保証はない。 地形図を見ると右(西方向)に回り込んだ方が傾斜がなだらかになりフェンスが切れているような気がした。 それで、フェンス沿いにススキをかき分け数百m伝っていった。 すると、幸運にもフェンスの中に山から下りてくる60歳くらいの女性が見えた。 彼女にあいさつをし、山のことを聞くと、このフェンスの工事の時上の方に上がっていったのが見えた、との事であった。彼女はおばあさんの代から家に生ける草木をこの裏山から取ってきているそうだ。彼女の乗ってきた軽トラックが近くに止めてあった。 ここまで回り込んでから登ってくれば、舗装された林道が通っていたのだ(地形図には出てはいない)。 民家で道を訪ねてから上がってくるのも1つの方法ではあった。 フェンスを回り込んで重なりの間から入ることができた。 工事の時に使ったという辺りの踏み跡を使って直登する事に決めた。 少し登って後ろを振り返ると眼下に集落と瀬戸内海が見えてきた(写真)。 これが海岸に近い山の良さであり、小豆島のすばらしい景色だろう。 冬の太陽で海が銀色に輝いて見える。 草をかき分けながら登っていった。 その上はガレていて登れないが横に繋がるかなりはっきりした踏み跡にたどり着いた。 西方向に山も見えてきた。 最近はあまり歩かれていないようで、至る所にトビツカミ(コセンダングサ)の種があり、ちくちくズボン刺さるしいっぱい付いてしまった。 歩いていくと境界標なのか赤い杭を見つけた。そしてその先には比較的新しいお地蔵さんもあった。 これはいいかも、道に通じているかも、と巻き道をどんどん回り込んでいった。 10時半頃、ようやく道標のある尾根の登山道に出た(写真)。よかった。 行者堂から1時間道なき道を歩いたことになる。山頂までの道が開けた。 歩いてきた方向には「北山地区」と出ていた。 「北山地区」とは渕崎の隣の集落だ。 途中、そちらへの道は気づかなかったが・・・。 そこから少し歩くとここの史跡の土塁等の案内板があった。 高松にはあの「源平屋島の戦い」の屋島があるし、ここも平安・鎌倉時代から見張りをしたり戦をしたりしたということはすぐ想像がついた。 10分も歩くと「展望所」に着いた。 瀬戸内海、街並み、山々が手に取るように見える。 養殖のいかだや四国もはっきり見える。 登ってきてよかった。 かつて戦に使った石積みもたくさん残されていた。 環境庁・香川県の設置した立派な標識も付けられている。 ここへ来る前に見た観光ガイドブックにも書かれていなかったが、私が知らなかっただけでここは立派な史跡であった。 他の案内板には「瀬戸内海国立公園」「中世山城跡」等も書いてあった(写真)。 国立公園の1部であることもすっかり忘れていた。 10時55分、標高394mの皇踏山の山頂に着いた。 ヤブ漕ぎのような道から尾根道に出てからはなだらかで表示がなければどこが山頂かがわからなかった。 なだらかな台地状の山頂の北東隅に最高点があった。 12月下旬の月曜日ということもあるのか、誰にも会わなかった。 そこには赤白の測量用のポールが立っていた(写真)。 展望を楽しみ休憩した。 そこからは北回りにたくさんの落ち葉を踏みながら、もと来たところに戻った。 遊歩道をそのまま北東の方向に進むと野外活動センターの広場に出た。 そのままどんどん下っていくと車道に出ることができた。 東側の道を通れば、下りでわずか29分であった。 交差点には「国立公園皇踏山2.8km」との案内板があった。 |