2020.03.09 MM 第730号
虚空蔵山(126m 静岡県焼津市) 燒津アルプス
この山の私の印象等は・・・
「 富士山の日に富士山を見に虚空蔵大祭に行き登った 虚空蔵山 」
*下に私の感想等の文があります。
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【歩いた日】 2020年2月23日(日) 【天候】 快晴 【コース及び時間】 浜当目信号機16:10-16:20登山口-16:31虚空蔵山〈126m〉16:35-16:43登山口-16:44弘徳院- 16:48浜当目海岸16:54-17:08浜当目信号機 【登り 21分 下り 27分 合計 48分】 *コースタイムは休憩を除き写真撮影などを含む私が実際にかかった時間です。 その時の体調や天候によって大きく変わってきます。あくまでも参考タイムにしてください。 |
昔ながらのお面屋さんもある(写真1) | 露店が年々減っていく(写真2) |
一番多いのはやはりダルマ売り(写真3) | 登山口の地蔵(写真4) |
津波避難路になっている登山道(写真5) | 中腹の崩れかけた社(写真6) |
急な登山道(写真7) | 解体された仁王門(写真8) |
山頂まであとわずか(写真9) | 山頂から焼津港を(写真10) |
船舶無線発祥地の碑(写真11) | 山頂からの富士山(写真12) |
弘徳院に納められたダルマ(写真13) | 浜当目海岸からの富士山(写真14) |
弘徳院の門(写真15) | 浜当目集落の古い民家(写真16) |
【感想 等】 今年から富士山の日(ふじさんは223の語呂合わせ)、虚空蔵尊大祭の2月23日が天皇誕生日で祝日になった。 天気もいいし、散歩に行こうと夕方でかけた。 私は1日10時間以上歩いたり、縦走したりするのも好きであるが、数十分の簡単山歩きも好きである。 この虚空蔵山はわずか126mで簡単に登れる。 ここの集落に住んでいた中学時代は持久走大会の練習コースの1つであった。 (私の在籍した中学校での持久走大会は学校を出発し、高草山がゴールであった) 家から歩くこともできるが、今回は浜当目の信号まで自転車で走りそこから歩いた。 (臨時の駐輪場が近くにある、普段は浜当目海岸の無料駐車場に車を止め歩けばもっと簡単である) 駅から歩いてもそれほど大変ではない。 1年前の2月23日は土曜日に当たったので燒津アルプス愛好会でJR焼津駅から歩いた(メルマガNo.680)。 16時過ぎ、浜当目信号機の交差点を出発し虚空蔵山参道を進んでいく。 昨年よりも露店の数が減っている。 新型コロナウイルスの影響で減っているのか、年々減っているのかは来年を見てみないと本当のことはわからないが・・・。 私が子どもの頃からあるお面屋が今でもある(写真1)。 しかも子ども達がお面を選んでいる。 私も子どもの頃、子ども向けTV番組のヒーローのお面を買ったことを思い出した。 ヒーローへの憧れや変身願望があるのだ。 虚空蔵山が見えてきた(写真2)。 虚空蔵尊大祭の弘徳院に近づくと店の数は増えるが店と店の間に隙間がある。 ダルマ売りがこの祭りの一番大事な店である(写真3)。 参拝客が少ないので歩きやすく10分で登山口に着いた。 登山口の地蔵が静かに見守っている(写真4)。 津波避難路になっている登山道を登って行く(写真5)。 ここは東日本大震災後に急遽整備された。 少し登れば集落の家々や浜当目海岸が見えてくる。 「二町目」と書かれた石柱がある。 中腹に崩れかけた小さな社が2つある(写真6)。 私が子どもの頃からある社である。 ここには海岸から中腹を巻く道があったが今は廃道である。 急な登山道が続く(写真7)。 登り切った明るい所はかつて仁王門があり、海岸からの登山道があった所である。 解体された仁王門の木材が積まれている(写真8)。 焼津市指定の文化財であった仁王門はしばらく壊れかけたまま放置されていたが、ついに撤去されてしまった。 「ふるさと納税」で潤った財源を使い修復していただきたいものであったが・・・。 門に納められていた立派な仁王像2体は香集寺の中にある、と弘徳院の住職は言っていた。 あとはまっすぐな階段を登れば山頂だ。 登って行くと香集寺が見えてくる(写真9)。 こちらを向いて写真を撮っている方があるが、登った所からは焼津港が見える(写真10)。 樹林に覆われていて展望はよくないが、ここは海や港が見える。 一段上がった所に「船舶無線発祥地の碑」がある(写真11)。 遠洋漁業の基地である燒津は船舶と連絡を取る関係から船舶無線が発達した。 その船が太平洋戦争にも徴用され私の父の兄を含め多くの漁業従事者が命を落とした。 ここには香集寺跡という表示もある。 その奥の木々の隙間から富士山が見える(写真12)。 左には景勝地である大崩海岸、富士山の前には静岡市がある。 ここからの富士山も好きであるが、木々が伸びてきて見づらくなってきている。 少し休み鐘をついたら来た道を下る。 この香集寺は弘徳院で管理していて山頂には住職はいない。 また、自由に鐘をつくことができるありがたい寺である。 実はこの2月23日は、1年で一番登山者が多い日である。 参拝者は下の弘徳院で拝み、山に登り鐘をついて帰る。 今日は多くの家族連れと出会った。 登山口隣にある弘徳院に寄り参拝する。 本堂の横には納められたダルマがたくさん積まれている(写真13)。 これまでだと、この納められたダルマは弘徳院が経営する弘香幼稚園(隣にあった)の園児達が海岸に運び供養して燃していた。 人口減少等で幼稚園は閉園してしまったので、今年はどうするのだろうか。 すぐ前にある浜当目海岸へ行く。 一番東側にある突堤からの富士山は最高である(写真14)。 天気がよいとこの突堤に来て富士山を眺めたものだ。 もう一度弘徳院によって帰ろう(写真15)。 門の右の旗は仏教旗だろうか、それとも曹洞宗の旗なのだろうか。 浜当目集落の家々を見ながら帰る。 私が住んでいた50年前から残っている家屋も所々にある(写真16)。 住んでいた住人の顔まで思い出しながら歩く。 17時過ぎ、浜当目信号機の所に着いた。 休憩を入れてわずか1時間の山歩きであったが、お祭りや富士山を見ることができよかった。 |